2007年03月08日

本ワークショップへのコメント

本ワークショップへのコメント



塚原東吾 (神戸大学)


まず、なによりも、本ワークショップは、大きな社会的意味があるものであると考えられる。アジアでの科学技術におけるジェンダーの問題への取り組みは、すでにいくつかの試みはなされてきたが、社会的に大きな理解が得られてきたわけではなく、まだ議論の枠組みや検討のための基盤が設定されたばかりとであると考えられる。それをアジアでのネットワーク化を試みるなかで、さまざまな角度から検証しようというこのプロジェクトは、今後さらに大きな成果が期待できる。
このワークショップでは、女性を科学技術にどのように参加しているか・させるか、キャリアとしての科学技術に女性はどのように参加しているか、もしくは女性・女子生徒・学生を、いかに科学(技術)教育にエンカレッジするか、などさまざまな切り口で、参加各国・各地域からの報告があり、活発な議論が展開された。これは、アジア諸地域からの、「科学技術に関する『エンパワメント』の状況」についての報告であったと考えられる。
ここでは各論を紹介するわけにはいかないが、それぞれにお国柄や政治体制の違い、経済状況の違いなどのなかで、女性・男性の関係性は、一様に定義できるわけではない。しかも宗教的・社会的・文化的な背景に、さまざまな規定性を受け、各種の制約をされているなかで、科学技術との女性との関係について、このようなネットワークを形成することを通じて、相互に理解を深めることは、今後のエンパワメントに対して、重要なステップとなることは間違えないだろう。各国の状況を、可能な限り数値化するなど、相互の理解をより深めるためのデータ的な総覧を作成することが望まれる。またすでにさまざまな形でのエンパワメントの試みがされていることが報告されている。これらは、相互に刺激的であり、事例としても他の文化圏や地域に普遍化することの出来るものもあると考えられるので、科学技術に関する女性のエンパワメントの事例集を作成するなら、これも政策的な施行が試みられるさいに、相互に参考にあるものと考えられる。

今回、実に興味深いこのワークショップに参加をさせていただき、大きな刺激と、さまざまなエンカレッジメントを感じた。このままでは、参加しただけで、あまりに貢献がないので、ここで小さな疑問を提起して、今後のこのワークショップのための議論の展開ために、ささやかなネタだしをさせていただきたいと思う。
ここでの「疑問」は、以下のとおりである: 女性のエンパワメント自体には、全く問題がないと考えるし、さまざまな社会的障害を乗り越えて、取り組まれるべきことであると考える。しかし、「科学」そして「技術」そのものは、問われなくてもよいのだろうか。エンパワメントして入手する「科学」や「技術」とは、単に「(便利な)道具」、「社会的な(上昇の)手段」としてだけ、考えられるものではないはずだ。女性・ジェンダーの関係は、女性が参加・参入することで、何か、本質的に変るのではないかと考えている。
これはいわゆる懸念であり、杞憂であることを願うのだが、例えば、嬉々として物理を学び、化学実験に心をときめかせ、生命の神秘や自然の蘊奥を探る、そんな若く知的で耀いているアジアの女性たちが、オッペンハイマーのように、アインシュタインのように、オットー・ハーンのように、そしてマンハッタン計画に集った若き「男性」物理学者たちのように、ある国家の巨大プロジェクトに編成され、原爆のような、ナパームのような、ダイオキシンのような、恐怖の兵器を開発・生産するようになってしまったとすると、それは、悪夢である。
女性が社会的な上昇をするために、もしくは生活のための最低の知識やサバイバルのための能力として、科学技術を身につける、というのは、全く正しいだろう。ただその際、そのような科学技術は、単に「道具」や「手段」として想定されるだけのものなのだろうか。また上昇やサバイバルには、競争相手や敵対者が居る。ある種の構造的なしくみに、科学技術は組み込まれていることにも、留意しなくてはならないだろう。
近年、「女性兵士」もしくは「女性の軍事動員・軍事化」という概念が問題化されてきている。女性の軍事動員は、はたして、「エンパワメント」の名の下に、嬉々として為されるべきことだろうか?女性の軍事化は、大きな議論を呼んでいる。女性を軍事動員することで、本質的な戦略として、「軍事そのものの平和的移行(女性化)」を、目指すというシナリヲも考えられる。
では、「科学技術への女性のエンパワメント」は、どうだろう?さまざまにネガティブな面もあわせ持ってしまっている現代の科学技術にたいして、女性のエンパワメントを目指す者たちは、どのような警鐘をならし、どのようにポジショニングをしながら、進んだらよいのであろうか。
今後の展開には、このように、「科学技術は女性の参入によって、果たして、どのように変るのか?」、もしくは「一体、科学技術は、女性のために、よき方向に、変ることができるのか?できるとしたら、どのように?」といった疑問を、蛇足ではあるかもしれないが、投げかけておきたい。

以上、ここでの将来的な提言は、2点である:
1 この成果を、アジア各国・諸地域での、女性と科学技術についての、さまざまなデータ、そして取り組みの「見取り図」として、編纂・出版する。
2 科学・技術と女性・ジェンダーについて、科学技術のネガティブ面を女性・男性はどう関与するか、ジェンダー関係が変容するなかで、果たして、科学技術はどう変容するのだろうか、という観点より、「厚みのある記述」を目指す。

以上、僭越ながら、ワークショップへの参加の感想と、今後の議論のために、一助となれることを願う。

(塚原東吾・神戸大学・助教授、科学史・STS)
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